後白河上皇の制止を聞かず藤原泰衡征伐に出陣した源頼朝

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西暦1,189年9月7日
源頼朝・畠山重忠率いる大手軍が、下野国古多橋駅(現在の栃木県宇都宮市下河原町付近)に到着する。その後宇都宮二荒山神社(現在の栃木県宇都宮市馬場通り)にて戦勝祈願を行い、宿所に入った源に、小山政光が弁当を献上した。源の前に紺の直垂の上下を着た者がいたので、政光は何者か尋ねると、源は「本朝無双の勇士熊谷直家だ」と答えた。小山の参男結城朝光が「どの様な手柄で勇士の号を与えたのか」と問うと、源は「西暦1,184年3月20日の一ノ谷の戦いで父熊谷直実と共に命を顧みず戦ったからだ」という主旨の発言をした。すると政光は「直家の様な郎党を従えていない者は自身で勲功を挙げなければなりませんが、私の様な大名は郎党を派遣して忠義を尽くすだけです。皆の者、今度の戦では先頭に進んで自分自身で手柄を立てて、本朝無双の勇士と褒めて頂こうではないか」と以下の人間に命じた。
①政光の長男小山朝政
②政光の弐男長沼宗政
③結城
④政光の養子宇都宮頼綱

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